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東京地方裁判所 昭和39年(ヨ)2258号 判決 1967年9月13日

申請人

北爪秀信

右代理人

岸星一

外一名

被申請人

東洋酸素株式会社

右代理人

松崎正躬

主文

申請人が被申請人に対し雇傭契約上の権利を有することを仮に定める。

申請費用は被申請人の負担とする。

事   実<省略>

理由

一雇入及び解雇

申請人が昭和三八年一二月一日酸素等の製造販売業を営む会社に雇傭され、当初三カ月は試傭社員として労務に服する旨約し、市川工場において就労してきたところ、会社は試傭期間満了日たる昭和三九年二月二九日申請人に対しもはや本社員に登用せず同日限り解雇する旨の意思表示をしたことは争がない。

二就機規則の解雇同意条項と解雇の意思表示の効力

会社就業規則四二条二項、五五条一号の各文言自体(別紙(中)参照)は申請人の如き試傭社員を解雇するには組合の同意を要するものと規定していること、申請人の解雇につき組合は同意していないことは当事者間に争がない。

(一)  同意条項の効力――通知条項に変更されたか

会社は、右条項にいう「組合の同意」とは、その文言に拘らず、単に手続上事前に組合に通知してその意見を徴することを意味するいわゆる通知条項に止まると主張するのでその点について判断する。

1  事実

(1) 同意条項制定の経緯

会社の就業規則に試傭社員の採用、退職、解雇につき組合の同意を要するとの定めが設けられるに至つた経緯自体については疎明がない。

(2) 試傭社員及び本社員採用に関する実際上の取扱

当事者間に争のない右就業規則四〇条、四〇二条、<証拠によれば>かつて会社は試傭社員採用試験実施に先立ち常に組合に通知し、試験の詮衡委員中に組合の支部長その他の役員を加え面接試験に立会わせ、試傭社員採用の禀議書には組合代表者の同意の捺印を求める例となつていたこと(一部事業場では本採用の禀議書も同様)、会社は昭和三二年初頃川崎工場従業員(試傭社員)の大量採用に際し組合に通知することなく詮衡を実施し採用を決定したので、組合は同年二月一八日の団体交渉の席上、右措置に抗議し、結局同月二五日の団体交渉で会社と組合との間に試傭社員の採用及び本採用の手続等に関し意見の一致をみ、会社はその趣旨を成文化して就業規則四〇条の解釈取扱を別紙(甲)掲記のとおり制定したこと(その内容は争がない。)、当時組合は試傭社員の採用について組合が関与することは、まず第一に会社の家族主義的空気を背景として組合員の子弟を優先的に採用させる機会を確保する手段と考えると同時に、第二として就業規則上、会社に雇傭された者はまず試傭社員となり、原則として三カ月の試傭期間経過後本社員に登用され、組合に加入しなければならず、これに対応して組合規約上、試傭社員は組合員資格を有せず本社員はこれを有するものとされている関係上試傭社員の採用に関与するのは当然であるとの立場をとり、右見解を前記団体交渉の席上で表明していることが一応認められる。<証拠>を総合すれば前記解釈取扱の制定後、試傭社員の採用及び本採用の手続は、右解釈取扱のとおり実施されたこと(但し時には組合支部長又は代理者が面接試験に立会わないこともあつた。)、とくに試傭社員の採否は、卒業校の学業成績、健康診断、筆記(学科)試験及び最終段階において組合側詮衡委員も関与して行なわれる面接試験等の各種資料を総合検討して決せられたこと、組合側詮衡委員は試傭社員の採否に関し意見を明示しないことが多かつたけれども、稀に特定志望者の採用に反対して結局同人が採用されなかつた例もあることが一応認められる。

(3) 試傭社員の解雇退職に関する実際上の取扱

前記解釈取扱制定前、試傭社員の解雇、退職の場合組合がこれにどの程度関与したかにつき疎明はない。右解釈取扱実施後の試傭社員の解雇、退職の事例は次に掲げるとおりである。

(本件解雇までの解雇申入事例)

(イ) <証拠>によれば、昭和三二年四月から昭和三四年一〇月までの間に、会社は試傭社員四名を解雇したこと、これらの際いずれも会社から事前に組合に対する口頭の通知がなされたけれども、組合も当該社員もなんら反対意思を表明しなかつたことが一応認められる。

(ロ) <証拠>によれば、会社は昭和三七年五月末日付で試傭社員熊川昇を解雇する旨決定し、同月二二日同人の所属職場の本社員で構成する組合川崎酸素支部の支部長に対し、翌二三日熊川に対しその旨を各通知したところ、組合は同月二五日これに反対する態度を決めて会社に団体交渉を申入れたが、結局同月三〇日頃会社と熊川との間に依頼退職の合意が成立したこと、さらに、組合は、同年六月一日退職金の増額支給等について会社に申入を行ない、翌二日会社から右申入受諾の回答があり、結局熊川は会社と組合との間で取り決めた条件で退職して問題は落着したこと(右事実中、試傭社員熊川に対する解雇通告、組合の団体交渉申入及び熊川が依頼退職したことは当事者間に争がない)が一応認められる。

(ハ) <証拠>によれば、会社は昭和三八年九月中旬試傭社員小林洋一を解雇したが右解雇に先立ち会社は同人の所属職場の本社員で構成する組合本社支部の委員関口某に対し通知したところ、同支部はこれを了承し、この件の禀議書に関口委員が同意の意味で捺印したことが一応認められる。

(本件解雇後の解雇申入事例)

(ニ) 会社が昭和三九年三月二三日組合に対し試傭社員岩立利高を欠勤等の理由により試傭期間満了の同月末日限り解雇する旨申入れたことは争がなく、<証拠>によれば、組合は右申入を受けて事情を調査したが、同月末ないし翌月初頃岩立が会社に対し退職の意思を表明したため組合はこれに反対せず結局同人は三月末日付で合意退職したことが一応認められる。

(ホ) 会社は昭和三九年九月組合に対し試傭社員菊浪幸子につき戸籍謄本等の不提出及び欠勤を理由として解雇する旨申入れ、組合はその事実を認めて右解雇に同意したことは当事者間に争がない。

(勧告退職事例)

(ヘ) <証拠>によれば、叙上の外会社は昭和三五年三月から正昭三九年末までの間に試傭社員の石田東作、秋山清久、清水芙美子の解雇を決意したが、いずれも解雇の意思表示に先立ち、本人に退職を勧告するとともに、その旨及びその事情を組合に通知したところ、本人から任意退職届の提出があり、組合も特段の意思表示をしなかつたことが一応認められる。

(ト) 会社が昭和四〇年三月一九日試傭社員青島光代に対し技能上の理由により退職届の提出を促し、組合がこれに反対して団体交渉が行なわれ、その間同月末頃同人が退職の意思を抱くに至つたことは当事者間に争がなく、<証拠>によれば、同月三一日青島の退職願が会社に提出されたが、なおそれ以後も会社、組合間で同人の退職をめぐつて団体交渉が続けられたものの結局同人が退職して問題が落着したことが一応認められる。

(チ) (希望退職の事例)

<証拠>によれば、右解釈取扱の実施後、昭和四〇年末頃までの間に以上の外試傭社員の退職が約一〇件あり、いずれも本人の希望に基くもので、会社は組合に対しその旨を口頭で通知したが、組合からはなんらの意思表示もなかつたことが認められる。

(4) 本社員の退職に関する実際上の取扱

<証拠>によれば本社員にあつても、死亡、停年による退職のみでなく本人の希望による退職の場合は、会社から組合に対し同意を求める手続はとられなかつたが、これに関して組合と会社との間に特段の問題を生じたことのないことが一応認められる。

2  評価

右1に述べた事実等を基礎として検討する。

(1) 組合が試傭社員の採用、解雇等に関与する目的は組合員子弟の採用の機会確保にもあることは前記二(一)1(2)の認定事実に徴し当然推認できるところであるが、その目的がこれだけであるとすれば、組合が解雇の場合にも関与することの合理性を見出し難い。

むしろ、就業規則上試傭社員は一定の期間を経れば原則として本社員となり組合に加入しなければならないから、組合が本来組合員資格のない試傭社員の採用解雇等にも関与しようとする目的は、組合にとつて好ましくない者が会社の恣意によつて採用され、好ましき者が解雇されひいては組合組織、組合治動の弱体化を招かないようにすることにも存するというべきである。

(2) 就業規則が職場の自主的規範としての性格を有するにしても、就業規則の明文を、職場における労使の意識、慣行を理由に、解釈の範囲を越えて労働者の不利益に変更されたものとして取扱うことは許されない。何となればそうすることにより労働基準法一五条一項、八九条一項の届出に関する規定、九〇条、九三条、一〇六条一項等にあらわれた法意、すなわち、成文の就業規則によつて当該事業場の全労働者に対し、労働条件を明確にするとともに、その最低限を画する趣意を没却し、故なく労働者の利益を害するからである。ことに申請人は入社早々で、しかも、労働組合に加入していないから(この事実は申請人の供述により疎明される)、かかる者に対する場合かような解釈の域を逸脱した取扱のもつ矛盾は顕著である。

さらに、会社の就業規則は会社と従業員の大半をもつて組織する組合との完全な意見の一致によつて制定され、その内容中にユニオンショップ制の定めをも含むことは、<証拠>により疎明されるので、実質上これを労働協約に準ずるものとして考えることもできるが、その際に労働組合法が成文の労働協約に限つて、一定の場合に当該労働組合の組織外の労働者に効力を及ぼすことを認めるに過ぎない(一四条一七条)ことも考慮しなければならない。

以上述べたことから明らかなように就業規則四二条二項、五五条にその解釈の域を脱する意義を与えることは避けなければならない。

(3) そこで進んで、試傭社員に対する解雇自体について組合の態度を検討する。前記二(一)1(3)において認定した事例中会社が組合又は試傭社員に解雇を通告したのは八件であるが、いずれも組合は、通知を受け、うち二件(同(ハ)、(ホ))につき明示の同意を与え、四件(同(イ))につき別段の意思表示をせず(黙示の同意とみることもできる。)、その余の二件(同(ロ)、(ニ))につき、会社、組合間で交渉の末本人が退職に同意し組合もこれに反対しなかつた。また会社が試傭社員に対して退職の勧告をしたのは四件であるが、本人がこれに応じた以上組合は黙示の同意を与え(同(ヘ))、又は組合が退職に反対して会社と交渉したけれども結局本人が折れて任意退したため組合もこれに同意している(同(ト))。結局、試傭社員本人又は組合が反対の意思を表明しているままに、会社の解雇の意思が貫かれた例は存しない。

右事実からみて、組合は試傭社員の解雇に関して十分な関心を払い試傭社員本人の意思及び地位を尊重し擁護するため、右同意条項を活用して会社との交渉等を行なつているということができる。

本来、人事権は会社に属するにしても会社が組合の賛同を得て就業規則上従業員の解雇等の人事につき組合の同意を要すると定めた場合においては、右の定めの存在自体が会社の人事権の恣意的な行使を抑制する機能をもつのであつて、組合は会社の人事権の行使が労働者個人又は組合の利益を侵害すると認める場合に右同意条項を活用し、かかる人事権の行使を阻止すれば足り、その他の場合(前記の実例からみてもこの場合の方が多い)は会社の措置を争い事を構える必要はない。前記の如く会社と組合との間では本件以外に労働者の退職等に関し終局的に意見が一致しなかつた事例が存在しないのである。右はたまたま前記の期間内に両者の利害がそのように深刻に対立しなかつただけのことであつて、それだからといつて組合にとつていわば伝家の宝刀ともいうべき同意条項の意義が減じ通知条項に転化するものではない。

(4) 会社は本採用について組合が通知を受けるだけでそれ以上の関与をしなかつた事実を援用する。なるほど本採用については、就業規則上組合の同意を要する旨、その他なんらの定めもなく、四〇条の解釈取扱③においてはじめて会社は組合に対する通知を義務づけられたにすぎない。この理由を検討するに、組合は、試傭社員採用の段階を重視し、その詮衡に対する関与を希求する反面、試傭社員が本採用されるのは当然の事象であるから、敢えてこれに対し同意を取得して関与する要はなく、単に通知を受ければ足りると考えていたとみるのがより自然である。したがつて、本採用についての右解釈取扱を類推して、試傭社員の解雇に対する組合の関与の意義を軽視するのは根拠のないことである。

(5) 会社は、合意退職についても組合の同意を要すると解することの不合理性を主張する。たしかに就業規則は、試傭社員について解雇ばかりでなく、合意退職についても組合の同意を要する旨を定めている(五四条二号)ことは争がない。試傭社員の合意退職については、会社の勧告、発意による場合を除き、組合としてさほど関心を示さず同意権を明示的に行使しなかつたことは前記二(一)1(3)(チ)に認定したところから窺われる。思うに労働者が使用者側の不当労働行為その他違法不当な行為によるのではなく全くその自由意思により退職しようとするとき、組合がこれに同意せず就労を強いるが如きは、組合が人事に関与する際の前記目的の範囲外たることが多いであろう。それ故この事実をとつて試傭社員の解雇の場合を推及することは、希望退職との質的相違を無視するものであつて許されない。従つて、就業規則五四条二号が空文となつたとしても、同規則四二条二項、五五条の解釈に当然影響を与えるものではない。

(6) 会社は死亡による退職についても組合の同意を要するのは不合理であると主張する。なるほど就業規則五四条三号は社員が死亡により退職する場合も組合の同意を要する旨定めていることは争がない。右は条理上会社が組合に通知すれば足りると解しなければならないけれども、このような文理と異る解釈を必要とするのは、立法技術の拙劣さに由来するものというべく、これをもつて死亡以外の事由による退職の場合も通知をもつて足りると解すべきではない。

(7) 以上いずれの点からみても会社の右主張は肯認できず、就業規則上試傭社員の解雇には組合の同意を要するものといわなければならない。

(二)  同意の擬制――本件において組合の同意ありとみなし得るか。

もつとも、会社の同意申入れに対して組合が誠実な態度で協議に応ぜず、故なく同意を拒むときは組合の同意があつたと同様、右条項違反の評価を受けない場合もあると解するのを相当とする。

そこで、右解雇の経緯に論及する。

申請人が昭和三九年二月二六日会社人事課長山里博益から退職勧告を受け、これを拒んだことは争がない。<証拠>を総合すれば、組合中央執行委員長杉崎敏幸は、同日申請人からその旨を告げられ、同日申請人の直属上司たる市川工場業務課業務係事務担当主任石井洋光から事情を聴取したことを一応認めることができ、杉崎が翌二七日も石井から事情を聴取したところ、同主任は申請人を本社員に推薦し難いと述べたことは争がない。

<証拠>によれば、同月二六日開催の組合中央執行委員会、翌二七日開催の組合中央委員会において申請人の退職の問題につき討議したところ、申請人に対する会社の右措置は、その組合関係の活動の故になされた疑が存するとの結論に達したこと、即ち、かねて会社が組合の反対を押切つても実施しようと企画中の提案制度を説明するため同月一日終業時刻後に市川工場で「提案の仕方」等のスライド映写会を実施したところ、申請人は組合員でないのに右映写会を私用を理由として欠席し(右映写会の実施及び申請人の不参加の事実は争がない。)、申請人が翌二日会社の川崎工場内で開かれた組合の各支部代表者交流会に出席し、同月上旬市川工場内で開かれた組合千葉支部市川分会(同工場従業員で構成する)。同年春斗方針についての職場討議に参加し労資協調的な意見に反対して組合本部案たる七、八千円賃上要求を支持する等積極的な意見を述べ、しかもこれらの事実は会社側の覚知するところと思われたので、組合は申請人の解雇をたやすく容認できないとしてなお実情を調査する方針を決めたことが一応認められる。

<証拠>によれば、杉崎委員長は同月二八日市川工場に赴いて同工場の全組合員組一〇名に会い申請人の勤務態度、勤務成績等及び会社の退職勧告について実情並びに意見を書面で提出するよう求めたこと、石井、吉田両主任を含む三、四名は、申請人が、上司に対する従順さ、作業意欲及び協調性に欠ける等の事実を挙げ、ことに石井主任は申請人の性格は頑固であり左翼急進的と推測され、その本採用には疑問があるとの意見を表明したが、同僚中四、五名は申請人のの勤務態度、勤務成績にさほどの難点を挙げず、申請人を退職させることを不当と断じ、あるいは会社の再考を求める意見を提出したことが疎明される。また一方、同日会社の申入れにより開かれた団体交渉において会社は申請人主張の文書(第二の二(二))を手交し申請人の解雇理由として、協調性がなく業務を円滑に遂行しないことを挙示し、組合との意見調整は翌二九日正午までに終りたい旨を明らかにしたことは争がない。<証拠>によれば、組合は右交渉の席上かような抽象的理由による解雇に同意できない旨を明らかにしたことが一応認められる。右席上組合は協議期間の延長を申し出たが、拒否されたので、同月二九日会社に対し申請人の解雇について異議を申立てたが、これに対し会社は同日会社の判断により申請人の解雇を実施するとのみ述べただけで、同年三月三日に至つて漸く回答書を手交して解雇理由を提示したことは争がない。そして、<証拠>によれば、右解雇理由は申請人が1、人の迷惑を顧みないこと、2、反抗的で工場長らを敵視する旨の発言をしたこと、3、就業時間中注意を受けても組合のビラを読んでいること、4、他人の仕事に協力しないこと、5、昭和三九年二月二二日課長に呼ばれ用談中就業時間が終了したとして課長の制止にもかかわらず退出したこと、6、仕事に対し熱意と協調性がないこと、7、同年二月一日開催の提案制度に関する映写会に欠席し、会社業務に協力しないことの七項目であつたことが疎明される。

右事実によれば、会社が解雇理由を具体的に示し事理を尽くして組合の同意を求めた上解雇の意思表示に及んだとはいえないし、また組合が解雇の意思表示前会社のいう解雇理由を抽象的であると思料し申請人が組合関係活動をしたが故の解雇であると疑つたことは一応首肯でき、組合が正当なく同意を拒み協議に応じなかつたり遷延させたとはいえないから、会社は同意条項違反の責を免れない。

(三)  同意条項に違反する解雇の意思表示の効力

就業規則上従業員の解雇につき労働組合の同意を要すると定められている場合これに違反してなされた解雇の意思表示は組合に対する会社の義務違反にとどまらず、そもそも無効である。その理由は次のとおりである。右条項は、労働者の労働条件を具体的直接的に規律する基準を具体的直接的に規律する基準を定めたものではないから、その理由をもつてしては労働契約の中味とはなり得ない。しかし、右条項は、従業員の解雇が公正に行なわれるべく、いやしくも不当労働行為を構成する等違法不当であつてはならないための方策として、労働組合に経営内機関としての役割を与え、具体的人事決定に関与させようとするものである。換言すると右条項は使用者に専属する解雇権を制約すべき自主的経営内規範であり、もとよりその効果は個々の従業員に帰すべきものである。従つて、これに強行的効力を与え、同意のない解雇の意思表示を無効とするのを相当とする。この際従業員が試傭社員であるため、組合に加入していない場合であつても、組合がかかる者の解雇に関与する目的が前出二(一)2(1)記載のとおりである以上、右結論を左右しない。

(四)  本件解雇の意思表示の効力

したがつて、申請人に対する解雇の意思表示は、組合の同意を欠き無効である。

三現在の雇傭関係

会社の就業規則四二条には試傭社員は原則として三カ月の試傭期間経過後本社員に採用されるべく、もし本社員に採用されないときは組合の同意を得て解雇すると定められていることは争がなく、<証拠>によれば、昭和三五年三月から同三九年一二月までに採用された試傭社員三八七名中本社員になつた者は三六九名であり、本社員になる前に自発的に退職した者を除き、会社の退職勧告又は解雇の措置により本社員とならなかつた者は僅か四名にすぎないことが疎明され、また前記のように試傭社員の採用と本社員の採用とで組合の関与の程度が異なるのである。これらの事実によると、本件においても当初から試傭社員期間及び本社員期間を通ずる一個の雇傭契約が存し、その当初の三カ月間を試傭期間と名づけ、会社はこの期間内に限り就業規則の定める解雇事由のみならず、将来本社員として労務を提供させることを不当とする事由があれば、申請人を解雇しうべき権限を留保したものと解するのを相当とする。しからば前示解雇の意思表示が無効である限り、申請人は試傭期間の満了とともに本社員としての権利を取得したものである。ところが会社が右権利を否認していることは争がない。

四仮処分の必要性

<証拠>によれば、申請人は右解雇以後、定職、定収がなく組合員有心のカンパに頼つて生活を維持していることが一応認められる。

五結論

したがつて、申請人の現在の損害を避けるため保証を立てさせないで主文第一項の仮処分を命ずることを必要と認め、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。(沖野威 高山晨 田中康久)

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